ボートは続くよ何処までも



何処とも分からない霧の中
見かけは好青年風だがスワンボートに乗る怪しげな青年と、怒り心頭って感じのキャプテンの会話が響いて居た。

「おや? もしかしてそこに居らっしゃるのは千藤くんかな?」
「またお前か! 俺の後輩にちょっかい出しに来るな!」
「人聞きの悪い。 私はただ単に迷える子羊を救いに現れているだけですよ。」

彼は、キャプテンとの間に何か因縁があるのだろうか。

「何が迷える子羊を救いにだ! ボート部の邪魔をしに来ているだけだろうがぁ!」

今にも千藤キャプテンの血管が切れそうである。

「毎回毎回後輩を攫いに来やがってぇ ボート部に何か恨みでもあるのか お前は!」

「いえいえ、ボート部には恨みはありませんよ ボート部にはね」

そう言いながらにっこりと微笑む彼は、やはりキャプテンとの間に何か因縁がありそうだった。
何故か彼の方が悪人臭く感じたが、俺は黙って彼らのやり取りを傍観することにした。
君子危うきに近寄らずである。

「無理矢理ボート部に入部させるのは感心いたしませんね 可哀相に、彼も困っているじゃありませんか  ねえ?」

そう言いながら、何故か裏表のありそうな嘘くさい微笑みを投げかけて来た。
もうどうでも良いかなぁ と思っていた俺は、好青年に迎合することにした。
「俺、嫌だと言ったのに・・・・千藤さんが俺の手を(オールの持ち方を教える為に)握って来て・・ 帰りたいって言っても(練習が終わる迄)帰してくれないんです。 助けて下さい」

しおらしい振りをして助けを求めると、好青年は俺にだけ聞こえる様に耳元で囁いた 。

「君もなかなか食わせものだな」

ばればれである。
すっかり見透かされて居たが、ボート部から救い出してくれるのなら何でも良いかと思ったし、元々笑顔が嘘くさいのでそれも有りだろうと受け流すことにした。

「ち・ちょ・・・いや そ・て・・誤解・・」

俺の怪しげな台詞にショックを受け狼狽したキャプテンはまともな言葉が言えなくなって居た。
更に追い打ちをかけるが如く、さも誤解して騙されたふりをした彼から留めの一言が投げかけられる。

「最低ですね 幼気な後輩に無理矢理何て事をするんですか 」

分かっていた事だが、彼もなかなか役者であった。

「怖かったでしょう? さぁもう大丈夫ですよ。送っていってあげましょうね」

白々しい台詞を吐きながら、可哀相な後輩を救いに来たふうを装い俺を連れ出してくれた。
完全に絶句してしまった千藤キャプテンをその場に残し、スワンボートは俺と彼を乗せて立ち去っていった。



波止場に着くと、

「また何時でも利用して下さいね」

そう言うと爽やかな笑顔を残しつつ、彼は去っていった。



「良い人?何だろうか・・それにしても何時でも利用って?」

そう呟いた俺の手には何時の間にか怪しげな定期券が握らされていた。

「何時の間に! それも何故定期券っ!」

何となく嫌な予感がしていたが、まぁええかと思いながら談話室に戻った。




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